第20話 ニュージー専門留学 留学生仲間 その1

Yoshiの 留学 体験記 〈 完 〉

前回、第19話はおよそ1か月前のこと
『ニュージー専門留学 中盤・テスト週間 2』
にて、何とか中盤突入のテスト期間をひたすらもがき苦しんでクリア。

そして再び、学校の図書館で小論文作成に明け暮れる日々が始まりました。
ブログ本題の写真は、わたしが図書館でまさしく小論文に苦しんでいる机の上です。
なぜにこんな写真があったのか不思議なもの…

ここで、少し時の流れを止めて、留学生仲間のことを語りましょう。
すでに今までの専門留学のお話において何度も登場している友人たち。

今回は写真のおやじ、オレグです。
といっても、オレグは3歳年下。
「Yは若くていいよな~」
といつも自分の癖毛を見て嘆いていました (笑)

オレグはロシア人、奥さんと子供が一緒にニュージーランド移住をして留学。
出会いはもう学校初日のインターナショナル・センターから。

まだお互いに何も学校のことを知らない。
そしてオレグはすでに語りました、さっぱりPCを使うことができず、私が電源入れるところからほぼほぼ教え込みました。
ですがさすがにヨーロッパ人、英語のスピーキングとリスニングは問題ない。
自分の英語力足りない分を助けてもらいながらの学校生活でした。

そう、家族での移住。
オレグの家を何度と訪れ、奥さんのロシア料理をいただく。
逆に自分の日本料理を好んで一緒に。
特に忘れられないのが、家族3人そろって、だいの味噌汁が好物。
色々な日本食を用意して持参しても、まず3人ならんで黙々と味噌汁のみを飲み干す姿は忘れられない。

ロシア料理と日本料理にはやはり共通点が多い。
まず、魚の出汁という味覚がどちらにも存在すること。
ロシアのスープには魚を煮込んだものが多い。
ですから、共にご飯を楽しめるんです。

ご飯だけではありません。
わたしが家族に釣りを教え込みました。
リールの使い方、餌の付け方などなど。
何でもそうなんですが、教え込まれたことをすぐに忘れ、できるようになるとすぐに自慢しだす。
これはロシア人の性格でしょうか (笑)

まさしくオレグなくして自分の留学生活はありませんでした。

オレグ、そして奥さんともにロシアではバレリーナだったのです。
ですから運動神経は抜群!
ロシアでは歳をとったバレリーナは、収入的に生きていくのが大変だったみたい。
それもあって、ニュージーランド移住を家族で。

少し時間を進めて、EITを卒業後に。
卒業後、オレグはネイピアのトレーニングジムでインストラクターの仕事につきます。
まさしくロシアでの経験と、ニュージーランドでの学歴に適した仕事です。
これにより家族3人は無事にニュージーランドの永住権と市民権を取得しました。
ロシアは日本と異なり、2重国籍が許されています。
ですので、ロシアとニュージーランド両方のパスポートを保持していました。

ですが、EITを卒業して2年後、家族は故郷のモスクワに戻る決断をしました。
理由は色々でしょう、モスクワに比べたらニュージーランドは田舎そのもの。
3人がネイピアを長距離バスで離れていった日を忘れることはありません。
大好きな味噌汁とおにぎりを持ってバスに乗り込みました。。

それからオレグにも会っていません。
もう10年近く会っていない。
オレグがまだネイピアにいたのなら、友と遊ぶニュージーランド生活だったと思います。
これからの人生も違っていたのかもしれません。

大切な人と一緒にいることは、自分には難しいのでしょう。
せめて奇跡のような思い出が消えることがないよう、色あせることがないようにそっととどめていきます。

たまにほんの少し自分のことを世界のどこかで思い出していてくれたら嬉しいもの。
元気で幸せでいてくれたら、それでいいです。

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