振り返ろうじゃん、東京支店赴任 その2

人生を振り返る忘備録

『その1』において、とうとう東京支店に赴任。
始めての関東暮らし、社宅がある千葉県浦安市舞浜からのスタート。
23歳、つい最近のことですね!?

あいかわらず、営業マンのはずなのにさっぱり営業に行かせてもらえない。
ひたすら事務所のドラフターに向かい製図作業の毎日でした。

先輩営業マンの方々が営業に出かけ、なかなか帰社しない中、私一人は甘やかされて比較的早くの帰宅です。
といっても、鍛造工場の社宅と違い、帰る先はワンルーム。当然食事の用意もありません。

仕方がなく何もわからない東京、一人で都内に繰り出すエネルギーもなく、事務所がある八丁堀近くですますことも。
だんだん寒くなってきた頃、ちょっと昭和の趣きな街の中華屋さん、「ラーメンと餃子」の適当な注文。
お支払いは、「1500円です」。。
恐るべし東京、ラーメンと餃子で1500円って(泣)

内緒のお話でした、鍛造工場勤務時、私は所属先の会社からの給与と勤務先の工場からの手当てをいただき、新入社員としては恵まれた収入。
そして工場にはジュースを自販機で買うために500円玉ひとつ持って出勤、それも使わずに貯金までしっかりできていました。

それが東京支店赴任の瞬間に、大減収…(泣)
そして急激な支出が大爆発。。。
やはり恐るべし東京。。。

そんな苦しい生活は自分だけではありません。
先輩方も一緒。

そして新入社員の私には大事な仕事が製図以外に言い渡されたのです。
それは大阪本社から来られる社長さんを東京駅や羽田空港に車でお迎えです。

ただお迎えに行くこと自体が目的ではなく、先輩からの命令があります。
「絶対に社長からお小遣いを貰ってこい!!」

このお小遣いを貰うことができると、みんなで美味しいご飯を食べることができるのです。

緊張する新入社員Y、後部座席には社長さんが座る。
東京支店に向かう道すがら、色々話しかけてくれます。
社宅での話にいかに持っていくか、そしていかに食生活に話を持ち込むか…
これが勝負です!やらねば帰社後の先輩が怖い。
あの椅子を投げたコワモテ先輩Kさんもいる!

ただお小遣いゲット以前の問題があります。
わたし、まだ東京来て間もない。
当時はナビもない。。
八丁堀に行くはずが、道に迷いなぜか銀座界隈をクルクルまわったり…
「道に迷いました~」とは社長に間違っても言えません(泣)
お小遣いゲットもあり~の、道はわからない~の、もはや冷汗もののお迎えをよく記憶しております。

何とか東京支店に到着時、優しい社長さんから、
「これでみんなでご飯でも食べなさい。」
と福沢諭吉さんを何枚か握らせてくれるのです。。

こんな時には先輩方も優しく迎えてくれます!

そんな営業に行かない新人営業マン、年末も間近になった頃。
相変わらず製図を描いていると、そこにコワモテ先輩Kさんが突然近寄ってきました。
ここまで怖くて会話らしいこともゼロに近い状態。。
そんなKさんから突然、低い声で言われました。
「ここに名前を書けぇ。」

何のことかわからないまま、名簿ぽい用紙にただただ名前を書き込みました。。

それから数日後のこと、Kさんから社員全体に通達です。
「この申込用紙に名前書いた者、これから年始の恒例スキー旅行の打ち合わせをするから集合ぅ。」

へー、スキー旅行にみんな行くんや~、と関係ない顔をしていると、
「Y!!早う来んかい!!」

ということで、知らぬ間に私もスキー旅行に強制参加です。
今思い返すと、Kさんも含めて先輩方とのツライツライ、でもかけがえのない時代がここから始まりました。

次回に続きます。

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