スポーツ・トレーナー時代、振返りも最終章 #3

人生を振り返る忘備録

前回、最終章 #2 のお話。
アメリカンフットボール、トップチームのメディカル・トレーナーとして週3日ほど活動。
そして友人と共同経営をしていた会社において、経営者であり整骨院院長として日々働く。

ですが思いがけずに共同経営の会社を離れることになり、大きな借金を抱えてしまうことになってしまいました。

この結果、本拠地とした大阪を離れ、日本海に面した田舎町で新たに整骨院を開院する決意をしたのです。
もちろん、大阪でのメディカル・トレーナー業を辞める選択肢はまったくありません。
なにせ、もう楽しくて仕方がない毎日だったのですから。

ただ借金返済は待ってくれない。
意地でも短期間で大きな金額を払ってやる。
相当に人生でもピンチの時だったはずです。
そうだったはずだったですが、振返ってみると、当時は大きな悲壮感もなく、整骨院開業を淡々と進めるのみ。

なぜに大阪を離れてまで、日本海の田舎でリスタートを決めたのか。
・ご縁があったから。
・開業地設定前に、綿密な現地調査をしたから。
(これは、サラリーマン時代の苦労が大きな経験となり、役立っています。)
・開業してすぐから大きく繁盛させるためには、都会を離れる必要があると定めたから。
・日本海で、大好きなイカ釣りがしたかったから。
(このあたりから、すでにおかしくなりだしています 笑)

開業はよいのですが、その前にほら、大きな問題が!
開業資金がないのさ!
銀行強盗に行く勇気もない…
どうしよう… と迷っている時間もこれまたない。

この時点ですでに、開業・開院経験も4度目。
4度目ともなれば、すでに色々な開業準備の失敗と成功を経験しております。

まず私は綿密な経営計画書を含む、銀行融資に必要な書類を準備します。
これまた慣れたものとも言える。

そして私はその書類を持ち、開業を決めた町の地方銀行さんを訪れます。
また始まりました。
言われるがままに、銀行さんに何度も通いお願いをします。
まさしくドラマ、半沢直樹そのままの世界、ただ銀行規模はとても小さい(笑)
まず、銀行から提言されたのは、「何か担保を用意していただければ…」
「そこをなんとか無担保でお願いします!」

この時、私はとても幸運でした。
私は一人の銀行マンに恵まれ、なんと無担保で融資をしていただけることに。
その方へのご恩は今でも忘れません。
あの時の融資がなかったのなら、当時のピンチを乗り切ることは不可能でした。

ただ融資金額も大きなものではありません。
できるかぎり整骨院の設備は中古をかき集めます。
できる店舗内装工事は自分で行うのは当然。

そういえば解体作業中の工場に行き、お願いして使えそうな物を分けてもらったりしたこともありました。
もう屋根も壊された青空が見える工場から、必死で椅子や机、キッチンシンクを運び出したり…
今では良い思い出ですね(笑)

最短で開業準備、保健所からの開業許可も得て、ついに開業日を迎えました。
当日の朝刊には折込チラシも入れて。

ただ今までの開業とは違う…
だんだんと軌道に乗せる、そんな余裕はまったくない。
最初からロケットスタートが必要、そうでなければ借金返済に困窮する。
借金も前会社と銀行の両方に返済せねばならないのだから。

できるかぎりの思いつく、資金内の準備をしたはず。
地元の職業安定所(ハローワーク)を通して受付のおばちゃんも採用しました。

開業日当日の朝を迎えました。
午前9時開院を前に、お掃除をしっかりして待ちます。

「患者さん来はるんやろうか…」
そんな思いもありながら、開院まで1時間半以上ある早朝。

そこにおじいちゃんが近づいてきました。
「もう入ってもいいかぁい?」
手にはチラシを握ってはる。
一人目の患者さんが開院時間前に来ていただいた…

忘れることない光景のひとつ。
その後の記憶はありません。
なぜなら、そこから忙しすぎてアタフタだったから…
慣れない受付のおばちゃんと、初日から一人では診切れない数の患者さんが。

すぐに職業安定所に再度相談、施術のサポートスタッフを採用です。
ロケットスタートを願ったことも忘れて、毎日朝から晩まで患者さんを診る。
開院時間から深夜まで、昼食をとる時間もなく、まさしくこなしていきます。

でも忘れてはいけない。
何事もないかのように、大阪ではメディカル・トレーナーとして駆け回ります。
大阪まで片道2時間半、約140キロのドライブを週3回以上しても。

それまでにも、平均睡眠時間3時間もなく、働きながら学生をしていた時期もありました。
でもそれと比較にもならないほどに、働きづめの時が始まるのです。
朝から深夜まで、休むことなどまったく頭にはない。
人生でもっとも過酷な日々だったはず…

でも私には辛かった記憶がないんです。
夢の中で生きていました。
すでに道に迷っていることすら、気付けない自分がいました…

最終章 #4 に続く

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