振り返っても長き 入院生活 その2

人生を振り返る忘備録
5+

前回のお話、「入院生活 その1」の続きです。
左脚が麻痺したまま動かす、リハビリを中心とした入院生活です。

長き入院生活の最初は車椅子に慣れることから始まりました。
最初は上半身が筋肉痛。
ですが、体も馴染んでくると、車椅子の生活にも慣れるもの。

自分が車椅子を使用するまでは、不自由で可哀そうに…
そんな気持ちを持ちながら、車椅子の光景をどこか眺めていたはず。

それが突然、自らがそのような不自由な人間に…
ですが、そうなってみると本人はそれほど自分が可哀そうとも思わず。
不自由が日常なら、それはもはや不自由ではない。
それが自分の「普通」なんです。
この経験はその後の人生にも大きく影響をしていきます。

まして車椅子というのは、慣れれば結構楽ちん、そして楽しくもある(笑)
長き入院生活、土日祝の大病院。
2階の外来はお休みで、シ~ンと静まり、そして大きなスペース。

整形外科病棟には多くの車椅子患者さんがいます。
リハビリと往診以外は、時間を持て余す毎日。
そうなれば、同じ状況の患者さん同士は仲が良くもなる。

そして土日祝の2階には数人以上の車椅子患者が集合!
もう、車椅子で大運動会が始まったりするのです。
そんな大騒ぎが見つかると怒られる…

夜ともなれば、地下の霊安室に肝試し。

挙句は車椅子軍団で病院を脱走。
飽き飽きの病院食、みんなでファミレスで外食!

一番の思い出は、みんなでパチンコに向かう車椅子の御一行様。
車椅子に乗って外に出ると、みんな遠慮して遠巻きに見るだけ。
おかしな眼差しで観られても、こちとらお構いなし(笑)
なるほど~ 自分も今までこんな眼差しで観ていたのかもしれない…
そんな思いをしたのを覚えています。

それ以降の人生では、自分を普通とも思わない。
そして身体不自由な方を可哀そうとも思わず、優しくもなくなりました(笑)
人はそれぞれの能力を使って、それぞれの人生を歩んでいる。
可哀そうに思う気持ちは、どこかに自分に障害がなく安堵する気持ちがあるから?

人にはそれぞれの状況で培った価値観があり、自分の価値観と比較をしたり、違う価値観に反感を持っても意味なきこと。
だから、こんな人生を送ってしまい、こんなとこに住んでいられるのかも?(笑)

そうそう、入院生活で忘れられないことが、また一つ。
整形外科病棟に長期入院していると、みんなが仲良いわけではない。
なかには、おちゃん同士が犬猿の仲だったりする。

ある時、そんなおっちゃん同士が激しい喧嘩を病棟で始めた。
その時、車椅子に乗った勇者のおっちゃんが喧嘩を止めに入った!

「やめろ~ こら!やめんか~」
と間に入り、立って必死に喧嘩の仲裁です!

あれ?
おっちゃん?
あんた、大腿骨の複雑骨折が癒合不全(ちゃんと骨がくっつかない)で車椅子やん!?
歩けるはずない?

人間って、何かの拍子に、我を忘れると複雑骨折でも歩けてしまう!
火事場のバカ力?
ですが、その後は喧嘩どころではない。
喧嘩を止めに入ったおっちゃんが、我にもどると、その場に転倒!
痛みにうずくまり、すぐに運ばれていきました。

色々あった入院生活。
なぜか入院で体重が増えていく…
同部屋のお金持ちさんがおすそ分けをしてくれる。

こんな入院生活も1か月が過ぎます。
ですが、まだ麻痺した左脚が動く気配すらない。。
楽しくも始めての長期入院生活。

有休も使い切りました。
そろそろ長期休暇中の会社にも顔を出さなければ…

こうして正規の外出許可をいただき、車椅子ながらもタクシーで会社に向かうのでした。

その3 に続きます。

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コメント

  1. よし先生、お久しぶりです😄若狭町有田のマキコです!覚えておられます??
    あの、私の知人で脳腫瘍の手術後、右脚の膝下に麻痺が残ってしまった方がいます。2年経った今も変わらず…
    何か少しでもよくなる方法はないですかね??

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    • お久しぶりです!
      大田のことを忘れるわけがない(笑)

      麻痺の原因には本当に色々あるので、難しいのですが…
      自分が麻痺をしていた時には、たとえ動かなくても、あきらめずに脳から動け!という命令を出し続けること。
      そしてそのたびに麻痺している部位を頭で意識をすること。

      それを続けないと、脳からの神経系も忘れてしまう…
      と、医師から言われたことを覚えています。

      たいしたアドバイスもできません、お許しを。
      またいつかニュージーランドに家族で来てください!

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