お題をひとつ #29「要領がよい」前編

お題をひとつ
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作業場で自分の不甲斐なさについてあれやこれやと思っていたら。
珍しくまとまった考えが出来上がったので、勝手に残しておきましょう。

以前にもきっとお話をしているかと思います。
苦労話と自慢話をすることは好きではありません。
これから書こうと思っていることには、どうも自慢話のように鼻につくかもしれません。
ご容赦ください。
最後まで読まれたら、きっとそうではないことがわかっていただけることかと。

大学卒業後、勤労学生の時間が長かったため、普通より多くの母校が私にはあります。
その中で、もっとも愛校心が薄いのが卒業高校。
卒業高校については、ブログを始めた初期にもお話をあっさりとしました。
少し重複すること、お許しください。

名古屋にある中高一貫校、医師の排出数はきっと日本一。
いわゆる超進学校です。
最近では「今でしょう!」の林 修先生が3年先輩にいらっしゃいます。

中高一貫校である高校ですが、当時100人だけが高校入試を経て入学をしました。
外来生と呼ばれる高校からの入学者、私もそのひとり。
高校1年次は、その外来生だけの2クラスが存在しました。
クラスメート全員が、難関高校入試を突破した者です。

確かに私はこの高校が今でも好きではありません。
ですがとても感謝はしています。
その理由は、高校初日に人生でも大切なことに気付かせてくれたから。

「この世の中には、生まれつきに頭脳のつくりが違う人がいるんだ…」
「そして自分は、間違いなくそうではない凡人…」

中学時代に学校でトップ、あるいは県でトップ、全国でもトップクラスの成績優秀者の集まり。
クラスメート全員が同じような成績優秀者に見えても、まったく異なる人間がいたのです。

私は半ば強制的に勉強を強いられながらも、努力をして入学した人間。
ですが、この世にはまさに生まれつき頭脳の出来が違う人がいるのです。
文章を一度読むだけで、そのまま、もしくはそれ以上の内容を理解し、瞬時に暗記してしまう。
私が努力して得たものを、あっさりと事も無げに身に付けてしまうクラスメート。
そんな学生が1人、2人ではなく、クラスの1/3ほど。
(のちに全員が東大、もしくは難関国立医大に進学します。)

残念ながら不平等にもそのような人々が存在する。
必死で合格をした高校初日、私はそのことに愕然としたことを覚えています。
人生でも忘れられない衝撃です。
絶対に、この人たちに勝てない。
同じ舞台にいてもけっして先に行くことができない。

その理解は間違いではなく、徐々に成績順位として現れていきました。
中学まではずっとトップでいた自分が、いつも中の上、中の下を行ったりきたり…

始まったばかりの高校生活でしたが、自分なりに努力をしてもずっとそのまま。
当時は(きっと今も…)理系(ほぼ医学部)志望でなく、文系志望者であり成績優秀でもない学生。
私も含むこの集団は、学校でまったく相手にされていません。
差別されるわけでもない、ただただ放任。
高校を無事に卒業していってくれるのを待つのみ。
後は1浪、2浪して、まぁまぁ名のある適当な大学に進学して下さいな。。
そのような何の高校生活の思い出もない、まるで予備校のような高校3年間でした。
なので、まったく好きではなく、愛校心なんてものは養われることもなく(笑)

でも悪いことばかりではありません。
このような高校生活により、中学までとは違う価値観に気付かせてくれました。
まさしくこの時があるから、今があるとも言えます。
きっとニュージーランドにいることもありません。

傲慢でプライド高く、人を上からしか見られない…
自分と違う価値観の人は全否定をする…
自分について大きな誤解をしながら生き、気付いた時には後戻りできない…

そのようなことが少なくともなかったことと思います。
本当に高校での経験に感謝しかありません。

自分というものを真剣に知ろうとした高校時代。
それはきっと普通よりも早くしてしまったのでしょうね。

なぜに紙一重の頭脳も持たない自分が、このような高校に進学をできたのか…
それまでは頑張って人並み以上に努力をしたから、そう思っていました。
なのでこれからも同じように努力をすれば問題ない。
当然のように東大進学、弁護士にもなり幸せな人生が待っている!

でも努力によるものではなかった。
私が幼い頃から持ち合わせていたのは違う。
「要領の良さ」

小学校、いや園児からだったのかもしれません。
相当に要領の良い子供でした。

目標を突破するための最短な方法を見定め、無駄なことはせずに勉強をしていく。

その「要領の良さ」は、高校時代から今まできっと変わりはありません。

高校で出会った脳の造りが違う超一流は別のお話。
ここから言う一流というのは、お金持ちであるとか役職が高い、有名企業で働いている…
そんなことではありません。

私の個人的な基準を踏まえてのお話です。

この世に名を残す超一流といわずとも、私は一流といえる人間になることはけっしてできませんでした。
その理由、それは私が「要領の良い人間だったから」だ。

要領の良い人間は、突き抜けることができない…
それでも突き抜けて極めるために必要と思うことはただひとつ。
私に「継続する才能」があったのなら…
きっと自分が納得できる一流の人間にもなり得たのかもしれません。

つまらないお話が長くなってしまいました。
また明日にしましょう。

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コメント

  1. うちの長男もまったく同じ事を話していました。
    長男が東京の私立大に入学した時、愛知学生会館という愛知県出身者だけの寮(それこそ昔、林先生が東大在学中にいた寮です)に四年間お世話になったんですが、東京大学の学生が半分以上を占めていました。
    やっぱり頭のつくりが自分とはまったく違うといつも言ってました。
    長男も努力型の人間だったので、どんなに努力してもどうにもならないと(笑)
    でも色々な大学の先輩後輩との出会い、なかなかコアな経験ができたその寮での四年間は、今でも宝物だと言っています^^

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    • 今思えば高校時代は大した努力もせず、狙い定めて要領よく好きな大学に入学しました。
      それは結果として良かったのですが、NZの専門学校の時ほど努力をしていれば東大にも入学できてたかと(笑)
      努力をするということは人より多くの経験を積むことであることを今ならわかります。

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