振り返ればまた学生? 柔整専門学校 #4

人生を振り返る忘備録

前回#3 医療系専門学校生らしく、基礎医学のお話が中心でした。
年齢は専門学校生らしくは、すでにありませんでしたが(笑)

今回は柔道整復師専門学校らしい、「柔道」のお話です。

当時と現在では「柔道整復師」の存在意義も違うことと思います。
それでも今も昔も資格名称は「柔道整復師」。

略称は「柔整師」。
「整体師」ではありません、よく間違えられます。
そのたびに嫌な顔をされても訂正をする私です。
(そんな性格は決して好かれない 笑)

名称の詳しい由来は別にゆずるとして、柔道が資格発祥に関係します。
ですので、専門学校1年次から「柔道」の授業があります。
現在の状況はよく知りません、当時のお話がこれからも続く。

私はスポーツが大好き、大好きだけではなく、その先の生業(なりわい)の中心となるのですが。
ずっと変わらず「スポーツトレーナー」になるがために、柔整師の国家資格が欲しかった。
けっして接骨院、整骨院を開業したいがためではなく…
(結局、開業もすることになります 笑)
もちろんそのようなことは、学校で口を滑らすことはありません。

それまでのスポーツ経験は…
水泳、野球、バレーボール

得意は球技、まったく格闘技の経験はありませんでした。
それはそうです。
生まれつき、関節が緩すぎ。
「ルーズ・ジョイント」
それがもとで多くの怪我をしてきたがために、スポーツトレーナーを目指したのですから。

30代も後半になろうとする時、初めて柔道を経験します。
授業の最初は礼、そして受け身。

同級生はどうか知りませんが、実は私、けっこう楽しみにしていたんです。
新たなスポーツを経験できるだけでも嬉しかった。

そして柔道というスポーツにも慣れるにつれて感じるものが…
「柔道、けっこう自分に向いているのかも?」

柔道で、生まれつきの体の柔らかさが大きくアドバンテージとなることに。
柔道には「関節技」があるのですが、関節の柔軟性は関節技だけでなく、投げ技にも大きく功を奏しました。

「ちゃんと柔道の稽古を積めば、そこそこいけるんちゃう?」
そんな風に楽しんでいました。

なんせ仕事と学業、長距離通学で余裕がない過酷な毎日。
そんな生活におけるストレス発散にもなかなかによい柔道の授業でした。

けっこう真面目に柔道の授業を受けたご褒美が、それからずっと先にめぐってきます。
すでに完結をした、「Yoshiの留学体験記」の中、4話をかけてお話をしました。
「第22話 ニュージー専門留学 実習に行く!その1」
その1からその4に詳細があります。

当時の柔道授業がきっかけとなってくれました。
実は3年間の授業だけでは物足りなくなり、柔道教室にも通ったりもしました。
あまりの多忙な日々なため、月1、2回の短時間しか行けませんでしたが…
熱中できなかったのは残念でした…(泣)

ニュージーランドの留学に柔道経験が生かされた。
それだけではなく、ポリテク卒業後も、ニュージーランドの子供たちに柔道を教える。
kiwiと一緒に柔道の稽古をする。
(肋骨骨折を2回、一緒に経験したりもします 笑)

柔道を通じて、ニュージーランド生活にも馴染みながら、生きた英語を使う経験を得ることになってくれました。

昔はどうあれ、「柔道整復師」に柔道が必要かどうかは議論されてもおかしくないと思います。
柔道の一定レベルを3年次にクリアできないと、国家試験の受験も許されない…
それが現在どうなのかは知りません。

でもなにはともあれ、積んだ経験に無駄なことはありません。
いっけん、何の関係もなさそうに思えることでも、将来に生きてくる。
それを実感できる、わかるようになった年齢にもなったようでございます。

こうして専門学校1年、2年目と時は過ぎていき、3年目を迎えます。

あっ そうそう。
なぜに途中から柔道の授業をあの方が担当したのかは、今でも意味不明(笑)
それも何かの縁かもしれません。
縁のお話は次回に続きます。

ニュージーランドで「スポーツ」を専門として学ぶうえで、超重要な実習単位を柔道がもたらしてくれました。

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